大村 寛之 先生

先日の日曜日は、「私立学校の教員採用説明会」に参加するために大阪に行ってきました。(勿論、募集側としてですよ)会場に着いてみると約30校近くのブースがあり、すばらしい人材を確保するためには、なかなかの激戦が予想されました。しかし、開始前には会場入口前に教員志望者が列を作るほどで、きっと信愛のブースにも多くの教員志望の人たちが訪れてくれるだろうと期待していました。ところが、いざ始まって見ると信愛のブースには人が途切れるということはないものの、ラグビーで有名な某学園、多くのプロ野球選手を輩出する某学園の盛況ぶりを横目で見るにつけても…ネームバリューかよ!とただただ悔しさで一杯でした。

しかし、どうにも腹の虫が治まりません。どう考えてみてもやはり信愛は教員を志望する人たちにとって魅力的な職場だと思うのです。ですから、そのことについて今日は熱く語りたいと思います。

私は団塊ジュニア、ロスジェネ世代なのですが、就職氷河期の中、本当に苦しんだ結果この信愛でお世話になることになりました。福井県出身の私にとって和歌山はそれまで訪れたこともなかった未知の場所、でも、その運命のイタズラは私にとって教師という夢を叶え、楽しく充実した日々をプレゼントしてくれています。

では、その私の充実感の源とは何なのか。それは、やはり生徒です。信愛という学校の魅力はとにかく生徒。生徒たちはとにかく素直で努力を厭いません。まさに、「努力の天才」。教師の私から見ても普通に尊敬できる、そんな生徒たちと毎年毎年出会うことができます。そんな生徒と関わったら、手を抜いて教えられるでしょうか?せめて少しでも自分の授業が生徒の役に立ってほしい、役に立たないわけにはいかない、そんな気持ちを自然に持つことができます。別に今でもカリスマ教師という世界とはほど遠い所にいることは分かっていますが、それでも新任の頃の指導スキルと今を比較すると雲泥の差だと思います。

また、信愛の生徒たちは我々教員を頼ってくれています。そりゃあ、電車やバスの中で多少の文句は言っていると思いますが、それでも本音では私たちのことを信頼してくれていると思います。信愛の職員室は生徒で一杯。試験期間中で職員室に立ち入り禁止中の今は職員室前の廊下が生徒で一杯。下校放送が流れても学校には生徒が一杯です。世間には、生徒が学校の先生に多くのことを求めていない、そんな学校も少なくないと聞きます。それでは、いくら教師が自らを磨いてもどこか空しくなりそうです。でも、信愛ではそんな感情とは無縁。愛情を掛けたら掛けただけの甲斐、それを生徒が与えてくれるのです。

そんな信愛という学校の魅力が教員志望の人たちに届いていないことが悔しくて仕方ありません。今年度の教員採用はおそらく今回の機会で終了ということになるのかな?と思いますが、「教員採用」という言葉でググってこの記事にたどり着いた現大学3回生の教員志望の皆さん、和歌山信愛で働くのはある種大変かも知れません。でも、充実感とやりがいを味わうことのできる大変さだと思います。生徒とともに歩みながら自らのスキルも磨きたいという情熱を持った方、来年度の春以降本学の教員募集のページを小まめにチェックしてみて下さい。