遠足の意義 河合正登志

河合です。久しぶりに百人一筆を担当します。

間もなく6月ですね。今週から各学年の保護者会が始まっています。

本日は中学1年生と高校3年生の保護者会の日でした。

お忙しい中お越しいただいた保護者の皆さま、ありがとうございました。

さて、中間テストが終わったというのに、すでに期末テストが近づいていますね・・・。しかし!その前に遠足・校外研修・修学旅行といった、楽しいイベントが待っていますよ。

私が所属する高校1年生は、宝塚大劇場にて宝塚歌劇を鑑賞する予定です。
実のところ、この遠足は4月の初めから水面下で計画が進んでおりました。

なんと早くも先日のLHRで(まだ2週間も前だというのに)事前指導を終えました。教員の私が宝塚の大ファンなので、自然と指導に熱が入ってしまったことは言うまでもありません。

高校1年生のフロアーに貼り出された公演ポスターや、各教室へ配布されたプログラム冊子の数々。これらすべてが、生徒たちの「楽しみ」を倍増させてくれているように感じています。

阪急電鉄・劇場スタッフの皆さまのご厚意やお心遣いには、本当に深く感謝しております。

ところで、、、、、、

生徒の皆さんは『遠足』と聞くと、どんなことを思い浮かべますか?

・お菓子 ・・・ みんなでシェアしてワイワイ盛り上がる
・お弁当 ・・・ いつものおにぎりがより美味しい
・お土産 ・・・ 見る時間が足りない・お小遣いの条件がちょっと残念
・班行動 ・・・ 集合時間を過ぎて先生に叱られる
・授業がない日 ・・・ 宿題もなくてハッピー

色んな意見があると思います。閉鎖的な教室で45分間を座り続ける代わりのものとしては、確かに魅力的かもしれません。

これまで何度か遠足に出かけたことはあると思いますが…

遠足とは、学校とは違う場所に「ただ、遊びに行く日」という認識だけでいませんか?

 

もちろん、「遠足」は天から降ってくるものではありません。教員が力を合わせ、生徒たちのことを考えて色んな準備をします。(生徒たちから「遠足どこ行くの?」と聞かれては、「え?どこやろな~」と知らんふりをする日々。情報を隠す必要がなくなった今、心置きなく準備を前に進めることができています)

学校が複数台のバスを手配し、混雑回避を考慮に入れて配車時間を考え、時には下見まで行いしおりを作成し、当日の点呼を徹底し、何度も「集合時間を守りましょう」と言う。

これほどまでに準備が大変な遠足。ではなぜ遠足が、学校教育の場で重要視され続けているのでしょうか。そこで今回は、遠足の意義を整理してみました。

 

◆教室の外で、人は少しだけ本性を出す

普段の学校生活では、多くの時間を各ホームルーム教室で過ごします。
席に座り、授業を受け、提出物を出し、チャイムで動く。

そこには一定のルールがあり、ある意味では「整った環境」です。

しかし遠足では、その「整った環境」が少し崩れます。

道に迷う。電車を乗り間違えそうになる。班で意見が割れる。時にはケンカになる。誰かが「お腹すいた」と言い始める。地図を見ても現在地がわからない。なぜか班長だけ異様に張り切っている。

・・・このようなときに、人柄は自然と表面化すると私は思います。

周囲を見て声をかける人、黙って人が落としたゴミまで拾う人、時間を気にしてリーダーシップを発揮する人。教室では見えなかった一面が遠足では見えてきます。つまり遠足とは、「人を知る学習」でもあると捉えることができます。

 

◆ “楽しい” は、実は高度な技術である

遠足から帰って家族に話す感想しては「楽しかった!」が圧倒的に多いと思います。(そうであってほしいです)しかし、ここで少し考えてみてください。みんなが楽しい一日を過ごすためには、実はかなり多くの工夫が必要です。「自分だけ楽しければいい」にならないようにするのって、簡単そうに見えて実は難しいことですよね。

例えば、テーマパークで班行動を開始するだけでも、混雑状況がその日にならないと分からないので、「さぁ、どこ行く?」だけで議論が始まります。「お昼なに食べる」を決めるのだけで10分以上かかることもあります。しかも、その間に先生は「そろそろ移動しなさい」とか言い始めます。つまり、「楽しい」という状態は、自然発生するものではありません。

周囲への気配りや協力によって成立する、仲間との『共同作品』なのです。
遠足は、その練習の場でもあると私は思います。

 

◆「非日常」は、人を成長させる

毎日同じ場所で過ごしていると、人は知らないうちに思考も固定されていきます。しかし、少し違う景色を見るだけで、人は意外なほど刺激を受けます。

歴史ある町並みを歩く
自然の中で美味しい空気・風を感じる
博物館で「昔の人、これで生活してたの!?」と驚く
知らない土地の人と出会う

こうした経験は、教科書だけでは得ることができません。
社会の授業で見た建物を実際に目の前で見ると、「本当に存在していたんだ・・・!」と実感します。写真では大きさも空気感も伝わりません。

人は「実際に体験したこと」を強く記憶します。だから遠足は、「移動する授業」でもあるのです。

 

★遠足で一番大切なこと

色んなことを偉そうに長々と書き連ねましたが、遠足で一番大切なことは、実はもっと単純です。

私は、それを「誰かと同じ時間を共有すること」だと考えています。

 

うるさすぎて怒られる行きのバス車内
友達と歩いた道
くだらなさすぎる会話
一緒に撮った写真
帰りのバスで静かになっていく空気

 

そういう何気ない記憶は、不思議と何年経っても残ります。数年後、授業内容を全部覚えてくれている人は少ないかもしれません。(特に数学は・・・(+_+))

けれど、「あの遠足、めちゃくちゃ歩いたよな~」、「班行動で迷子になったよな~」、「あのとき、先生に本気で怒られたよな~」といった記憶はなかなか消えません。

学校生活は、知識だけを得る場所ではありません。人と時間を共有し、その中で成長していく場所です。遠足には、そのエッセンスが詰まっています。

信愛生のみなさん、「今しかできない経験」として、遠足を思いっきり楽しんできてください。そしてクラスメイトや同級生を知ることで自分自身を知り、これからの生き方のヒントを見つける機会としてください。

遠足とはただ、「遊びに行く日」でしょうか?