南 正人

 みなさんは「辞書は、ひくもの」と考えているでしょう。あるいは最近では「辞書は、ググるもの」と思っているかもしれません。
 でも、「辞書は、読むもの」でもあるのです。今から25年前に『新解さんの謎』という『新明解国語辞典』を擬人化した面白い本が出版されました。それを読んで以来、僕も『新明解国語辞典』のファンになったのですが……。
 どうして、『新明解国語辞典』が「面白い」と言われるかというと、語釈が大変ユニークだからです。例えば、【恋愛】は「特定の相手に対して他の全てを犠牲にしても悔い無いと思い込むような愛情をいだき、常に相手のことを思っては、二人だけでいたい、二人だけの世界を分かち合いたいと願い、それがかなえられたと言っては喜び、ちょっとでも疑念が生じれば不安になるといった状態に身を置くこと(第7版)」とあります。これが『広辞苑』では「男女が互いに相手をこいしたうこと。また、その感情。こい。」となり、『大辞林』では「男女が恋い慕うこと。また,その感情。ラブ。」です。『新解さん』に比べると、ずいぶん素っ気ない気がします。
 また、【動物園】は「生態を公衆に見せ、かたわら保護を加えるためと称し、捕らえて来た多くの鳥獣・魚虫などに対し、狭い空間での生活を余儀無くし、飼い殺しにする、人間中心の施設(第4版)」とあります。もちろん他の辞書ではこんな過激な表現ではなく、「各種の動物を集め飼育して一般の観覧に供する施設。(『広辞苑』)」とか、「動物を収集・飼育し,教育・娯楽などのために一般に公開する施設。(『大辞林』)」です。(まぁ、『新解さん』にしても、版を重ねるごとにだんだん過激さはなくなって、第7版では「捕らえて来た動物を、人工的環境と規則的な給餌とにより野生から遊離し、動く標本として一般に見せる、啓蒙を兼ねた娯楽施設」となるのですが……)。
 それにしても、「読み物」としての辞書の面白さがわかってもらえましたか。
 なぜ僕が、突然こんな話をここに書いたかというと、その『新明解国語辞典』が9年ぶりに改訂されたというニュースを、先日新聞で読んだからです。
 実はまだ、最新の第8版を手に入れていません。ただ、その新聞記事によると、8版では「国内でジェンダー平等をめざす機運が高まり、LGBTQ(性的少数者)への理解を促す取り組みも広がったことを受け、ジェンダーに関する語釈を集中的に見直した」とありました。
 例えば、【口紅】は第7版は「(女性の化粧品で)くちびるに塗る紅」とあったが、第8版では「女性の」をなくし、「(化粧品などで)くちびるに塗る紅」にとなり、【手離れ】は「いちいち母親がついていなくてもいい程度に幼児が育つこと」とあったが、「母親」を「親」に改められている。
 こういう観点から眺めても、辞書ってなかなか面白いでしょう。
 みなさんも、時代を映す面白い「読み物」として、ぜひ一度「紙の」辞書に向き合ってみて下さい。