かつて私はバックパッカーとしていろいろな場所を旅して回っていました。モスクワ郊外のスーズダリという田舎町からウラジーミルという地方都市へと向かうバスに乗っていたときのことです。一人の美しい顔をしたロシア人の女性がちらちらとこちらを見ているのに私は気づきました。長い旅をしていると、ローカルな乗り物の中でこういった視線を受けることはよくあることですので、私はとくに気にとめることなくバスに揺られていました。私がバスを降りるタイミングが近づくと、その女性は意を決したように私にたどたどしい英語で話しかけてきました。
「わたし、英語をならっているの。何かロシアでわからないことがあったら聞いて」
これは、かの国においては、まったく珍しいことでありました。そのとき彼女の瞳の中に宿っていた期待に満ちた強い光を、私はそれからも忘れることがありません。私たちはそんな風に言語を身につけ、喜びをもって使うことができているでしょうかと今でも時々考えます。
そして、昨今のニュースを見るにつけ、思い出されるのはロシアやウクライナで実際に出会って言葉を交わした人たちのことです。
この世界を生きにくいものにするのは、狭い視野と狭い心なのではないかと常々思います。私は知らず知らずのうちに狭量な考えにとらわれることを何より恐れます。だから私は、自分が知らない新たな世界に飛び込むことを常に続けていきたいと思っています。
さて、そういうわけでこの四月から私はこの学校に飛び込んで来たわけであります。
私が否応なくそれまでの常識との決別を強いられたのは、今月1日に行われたわかば祭でのことです。生徒会の企画では、見たこともないCMを完コピした動きをして動画を撮影することになりました。私は必死に俳優の挙動をまねすることに努め、幾度かのNGを出しながらもその仕事を終えました。さらに高校3年の発表においては、担任の先生もステージでダンスを踊るとのこと。挙げ句の果てに、無邪気な生徒たちは、衣装チェンジの間に先生がステージで時間をつないでくれと、なんとも法外な要求まで突きつけてくる始末です。
私は「文化祭」というのは生徒があくまで生徒が主役であり、先生が必要以上に目立つのはよくないのではないかと、理路整然と断ろうとしましたが、私の発言が聞き入れられることはありませんでした。そして私はそのとき、自分自身が自分の偏った考えにとらわれているのに気がつきました。
新しい世界に飛び込んだからにはその世界の流れに身を委ねることも必要になります。それがこの空間に働く力学であるのなら、そこにいる私もその法則に従わないといけません。私は意を決してダンスの練習に励みました。
本番を終えた私は爽やかな達成感と共に数日は続きそうな筋肉痛の予感を噛みしめて舞台を後にしました。
さてさて、来週からは今年度最初の定期試験が始まります。「俺だってあれだけダンス練習したんだから、あなたがたも必死に英単語を覚えなさいよ」と今では言える気がします。
今みなさんが苦労している言葉が、どんな世界にこれから導いていくのか、私は見守ることしかできません。それが少しでもよきものであるように、生徒のみなさんの奮起を期待したいと思います。