日本のアニメは、世界でも最高水準にあるといっても過言ではありません。宮﨑駿監督の『千と千尋の神隠し』は米アカデミー賞で2002年に長編アニメ映画賞を受賞していますし、新海誠監督の『君の名は。』は世界中で大ヒットし興行収入が3億5500万ドルに到達しました。これらの作品は日本のアニメ映画のなかでもツートップといえる商業的ヒット作ですが、その他にも、宮崎監督の盟友高畑勲監督や『サマーウォーズ』の細田守監督の作品など、アニメ映画の名作を数え上げれば、枚挙に暇がありません。また、ドラえもん、クレヨンしんちゃん、ポケモン、プリキュアなど、子ども向け作品のなかにも意外と隠れた名作が多いと思います。政府関係者が「ジャパニメーション」と名づけて国際的にアピールするのも、無理からぬことでしょう。
そこで、極めて不勉強で浅薄な知識ではありますが、日本のアニメ界について思うことを書きたいと思います。
ハリウッドで巨費を投じて大作映画が作成されていたころ、戦後日本ではそれを作成するような国力はもちろんありませんでした。手塚治虫先生ら初期の漫画家たちは、映画でできないなら漫画でそれをやろう、と思い立ったといいます。ですから、日本の漫画のレベルは非常に高いのです。私が愛読しているかわぐちかいじ先生(映画化もされた『空母いぶき』などの作者)の漫画では、カット割りがまさに映画そのもので、ものすごい臨場感と迫力があります。このような漫画業界の成長とともに、手塚先生は本当にやりたかったアニメの仕事へとシフトしていきます。手塚先生の仕事ぶりは鬼神の領域で、ほとんど寝ずにものすごい数の連載、そしてアニメの仕事をこなしていた、といいます。すごいですね。
そして、アニメ界には高畑勲監督や宮﨑駿監督が飛び込んでくるわけです。宮﨑監督は東映動画制作の『白蛇伝』に感動し、アニメの道を志したといいます。この『白蛇伝』は、現在放送中のNHKの連続テレビ小説『なつぞら』にも登場いたしました。あの作品は、この東映動画の初期の状況をモデルにしていると思われます。ドラマ中、麒麟の川島明演じる下山克己が、アニメーションの語源を語るシーンは印象深かったですね。アニメーションの語源はラテン語の「アニマ(霊魂)」であり、いわば命のない絵に命を吹き込むことがアニメーションを作る、ということだというようなことを語っていたと思います。
私達は、ただの絵がめまぐるしく交代しているだけの画面を見て、そこに人間や動物たちの息吹を感じます。アニメの中の登場人物は、確かに生きている、と思うからこそ、私達も感動し、涙を流すのです。アニメ制作の仕事は納期の関係もあり、ものすごく大変だと思いますが、しかし、一方で、命のないものに命を吹き込む、尊い仕事だということもできます。
そのなかで起きた京都アニメーションの事件は本当に胸が傷みます。京アニの愛称で知られるこの会社の作品には、『涼宮ハルヒの憂鬱』や『けいおん!』など、ファンからの評価が高い作品が数多くあります。自らの仕事に対する誇りややりがいを持っていたであろうスタッフの方々が、このような形で命を奪われたことに対しては、本当に憤りを覚えます。
世界中のアニメファンから支援の声があがっているといいます。そのような支援が京アニの再建に向けて有効に活用されることを願うとともに、亡くなられたスタッフの方々のご冥福をお祈りいたします。