エッセイを書く  藤原

現代文を担当しているクラスで、コンテストに応募するためにエッセイを書いています。
テーマは三つ。
1 今までの自分、これからの自分
2 自分にとって「海外」とは
3 今、これだけは言いたい!
この中から一つのテーマを選び、書いていきます。

小論文や自己推薦書、志望理由書を書くことも見越して、展開に条件をつけました。
1 まず主張をすること
2 その主張の根拠を書くこと(なぜなら~からだ)
3 その根拠を支える具体例、今回はエッセイなので、実体験を書くこと(たとえば~/実際~)

小論文なら、3の具体例は時事問題、データなどが良いのでしょうが、今回は実体験と指定しました。

すると、ほとんどの生徒が1と2はクリアしてきます。
正直、ここまでしっかりと根拠を持って自分の考えを持っているとは思わず、いい意味で期待を裏切られました。
現代は、小さなことから大きなことまで、期待しては裏切られ、壁にぶつかっては乗り越えられず、SNSを通じて他者との比較が容易になったことで劣等感に苦しみ、自尊心や自己肯定感が育ちにくい社会だと感じます。そのために理想も目標も持ちにくく、あるいはそれを開示することに強い抵抗感を持つ人が多いと感じます。(私自身、そうです。)
けれど、そんな私の実感を裏切り、生徒たちはエッセイの中で「こうなりたい」と前向きに主張していました。「私はこう考える」と自分の気持ちを他者に伝えるために語っていました。生徒たちのエッセイには、理想高く、すがすがしいさわやかさがありました。

ただ、3の具体的体験となると、筆が重くなります。体験がないのか、あるけれど言葉にできないのか、過去をさらけ出すのが恥ずかしいのか。

すべてを世界にさらけ出す必要はないけれど、それでも実体験を語ることができると人を惹きつけます。血の通った実体験を語るとき、人は輝くのだと思います。その輝きが、人を惹きつけるのだと思います。

生徒たちには、自分の体験を語れる、魅力的なひとになってほしいです。