第171回直木三十五賞 庄禮

さて、早いもので二度目の執筆となりました。前回は最近読んだ本の話をしたのですが、このところは読書の進みがはかばかしくなく、長らく積んでいた島崎藤村『夜明け前』の第一部を読み終わり第二部に入ります、などというご報告しかできそうもありません。そのため、少し前に読んだ、しかし今現在とてもホットな本のお話をしようと思います。
タイトルは『地雷グリコ』。第171回直木三十五賞候補作のうちの一つだった作品です。「だった」と過去形になっているのは、7月17日にすでに受賞作品が一穂ミチ『ツミデミック』に決定しており、残念ながら本作品が選に漏れたからです。
個人的な話ではありますが、この『地雷グリコ』。家にある本の作家は存命の方よりすでに鬼籍に入った方のほうが多い私としては珍しく、今まさに新作をどんどん発表してくださっている存命「推し」作家である青崎有吾の最新作ということで、昨年秋の発売後すぐ読み、その面白さに魅了された作品でした。すぐに読破し、これはすごく面白い本だなと思っていたら、SNSなどの口コミでじわじわと人気が広がり、ついには山本周五郎賞をはじめとして複数の文学賞に輝く趙人気作品になっておりました。そこまではすごいねえ、よかったねえ、で終わっていたのですが、なんと直木賞候補作になったとのニュースを拝見。なぜかわがことのように全身に緊張が走りました。
なぜかと言いますと、この『地雷グリコ』は、どんな話かと一言で言うなら、「頭脳バトル」もの。小説というよりは漫画、それも熱いバトルを臨場感たっぷりに表現する少年漫画や青年漫画に近いような読み味です。主人公の女子高校生が、タイトルになっている「地雷グリコ(じゃんけんで勝てば階段を登れる「グリコ」のルールに、対戦相手が踏むと階段を10段下がらなければならない「地雷」を好きな段に設置できるという設定を加えた勝負)」や「坊主衰弱(百人一首の絵札と読み札で神経衰弱をし、坊主が出たら手札を捨てなければならない勝負)」、「自由律じゃんけん(グーチョキパーに加えて各自が独自の手を追加し、相手とのじゃんけんを繰り返して独自手の性質を探っていくじゃんけん勝負)」など、皆さんがご存じの勝負に独自ルールを追加したゲームに身を投じ、油断ならないさまざまな対戦相手たちとハイレベルな駆け引きや読み合いを繰り返していく、という感じのお話です。
いくら直木賞が「大衆小説」のための賞、純文学を対象とした「芥川賞」とは性質が異なる、といっても、ここまで「面白さ」に全振りした小説が候補作になるのは珍しいと思います。社会性やテーマ性というものをある意味では捨て去って、読者をはらはらどきどきさせる、次のページをめくりたいという気持ちを起こさせる、そういった方向に特化している作品は、過去の受賞作品にもあまりないと言っていいでしょう。その点『地雷グリコ』は、言ってしまえば権威ある文学賞とは縁遠そうなタイプ。だからこそ、これが直木賞獲ったら直木賞の概念変わるぞ、とも言えるような作品。推し作家に直木賞作家になってほしい! という気持ちに加え、直木賞受賞作品にこういう作品が並んで歴史が変わるのが見たい! という気持ちで、発表日までことあるごとに気にしておりました。
結果はやはり世相をからめ社会性やテーマ性のある作品が受賞することとなったわけで、その意味では歴史は変わらなかったと言えるのだと思いますが、こうした作品が候補作になっただけでも風穴があいたというか爪痕を残したというか、これから先もこうした作品が候補作になることで、なんとなく権威や圧を感じさせる「文学賞」というものが、もっと多くの人にとって身近なものになればいいなあなどと、感慨深いものを感じました。
最近たまたま田端文士村記念館というところで直木三十五が文藝春秋に寄稿していた記事の展示を拝見しまして、今の人が見ても面白い、文壇の作家たちを切って捨てるような結構ギリギリのゴシップ記事を書いていたということを知り、文学賞に名が残る偉大でとっつきにくそうな印象とは真逆の作風を知ったばかりだったので、案外直木三十五本人が今回の候補作を見たら、『地雷グリコ』面白い! と思ったんじゃないか? などということも考えました。たらればの話ではありますが、名前だけは知っているという作家の作品を改めて読んでみる楽しみはこうしたところにもあるのではないかと思います。
最後になりましたが、文学と言うととかくとっつきにくい、難しそう、というイメージが抱かれやすい世の中、全国ネットで放送される文学賞のニュースも自分とは関係ないものと思っていらっしゃる方も少なくないと思います。しかし、陳列されている候補作や受賞作を手に取ってもらえれば、ぱらぱらと試しに少しでも読んでもらえれば、意外と自分の中に残る作品に出会えることもあるのではないでしょうか。こうしたニュースを機会に、ぜひ書店や図書館に足を運んでみてください。