ゆく春 くる春       大音雅子

昨日は百人一筆に書かれておりましたように中学3年生の修了式、中学在校生の終業式でしたが、今日午前中には高校在校生の終業式が行われました。続いて午後からは新年度高校入学者説明会。今月1日高校の卒業生を送り出して「ゆく春」を感じながら、同時に新年度入学生を迎える「くる春」の準備が着々と進む。この学年末の学校現場は「ゆく春」と「くる春」が交錯する…「ゆく年」「くる年」の引継ぎが行われる年末の様相に似ているでしょうか。

春は期待と不安が入り混じるとよく言われます。新しい生活への期待と不安、これは学校現場のみならず会社をはじめとする一般社会でも同じ感覚を持って過ごされる時期かもしれません。その春に欠かせない「桜」。今年もその開花予想が気になる所ですが、「桜」は開花を待つまでの期待感、見事に満開を迎えた時期には華やかな姿に喜びいっぱいとなります。いったん満開を迎えると、できる限りその姿を楽しみたいと「花散らし」の雨・風に「なんとか頑張れ、踏ん張って!」と願いつつも、散り初め、最後葉桜となった木々に「みんなを楽しませてくれてありがとう、ごくろうさん、来年もよろしくね」と声を掛けたくなります。桜はその散り際の姿から潔さと儚さ(はかなさ)の象徴のように取り上げられることがあります。ただ、花が終わっても木々は次の春に向けてすぐに準備をはじめ、一年をかけてその成果を出す(素晴らしい花を咲かせる)。成果が目に見えなくても、一日一日何かを蓄えながら過ごしているのでしょう。その姿には、コツコツ毎日努力を続ける姿が重なります。

昨日、今春の卒業生が高1・2年の各クラスで受験体験談を話してくれたことで、先輩から後輩へバトンパスが行われました。卒業生の話の内容のみならず、「何かをやりきった!」という清々しく堂々とした姿に大きな刺激を受け、バトンを受けた高1・2年生は来週からの春期休暇の間も、一年後の春にはそれぞれの花が咲くよう、補習や合宿で学び続けます。この春、希望の花を咲かせた人も、もう一歩で開花に至らなかった人も、これから先の「見事な開花」を見据えて、日々一歩一歩木の幹となる自分に成長の糧を蓄積し、各生徒の幹を成長させることでしょう。同時に、創立70周年を迎えた信愛という大樹が、今後もこのような形で成長し続け、脈々と伝統が受け継がれていくことを心から願っています。

さて、平成28年度の「百人一筆」をお読みくださった皆さん、本当にありがとうございました。また平成29年度の「百人一筆」でもお目にかかりたく、よろしくお願いいたします。それまでしばしの充電期間を。

希望の春に寄せて・・・