「キリシタン灯籠」とは

本年度より着任いたしました国語科の田川幸一です。どうぞよろしくお願いします。

 

さて早速ですが、昨日校長先生のお話にもあったように、本校グラウンド横に、「キリシタン灯籠」が設置されたそうです。皆さんはもう御覧になりましたか。一見すると、神社などで見かける一・五メートル程度の、よく見かける灯籠です。では、「キリシタン灯籠」とは何でしょうか。

 

『新カトリック大事典』研究社(1998)の、「キリシタン灯籠」の項目には、次のように説明されています。

近世初期から茶の湯の発達とともに露地(茶庭)のほか、社寺、庭園などにも用いられるようになった織部灯籠に対する誤った呼称。確証はないが、古田織部の考案ともいわれるこの石灯籠は、通常上部が左右にふくらみをもった四角型で、下部に長身の人物が刻まれている点に特色がある。この灯籠をキリシタンと関連づけるようになったのは、大正末年に下部の人物をカトリック教会の聖人像になぞらえたことに始まる。やがてキリシタン大名と親交があり、南蛮趣味をもって知られた織部との関係などから織部灯籠の一部をキリシタンと関係づけようとした研究者も現れたが、この種の灯籠は中世以前からあった板状五輪塔から発生したもので、キリシタン灯籠説を明確に立証することはできない。

 

なるほど。実際に信愛に到着した灯籠をよく観察してみると、確かに長身の人物が刻まれています。つまり、この石塔は正真正銘、織部灯籠であると言えます。では、キリシタン灯籠かどうか考えてみましょう。事典によると、学術的にキリシタンとの関連を立証することは困難なようです。しかし、大切なことはこの灯籠に対して信仰を持つかどうか、ではないでしょうか。その辺りを詳しく考えていきましょう。僕自身は、この灯籠を学術的にはひとまず置いておいて、感情的には「キリシタン灯籠」と呼びたいと考えています。その理由を二点、説明します。

 

一点目に、実はこの灯籠、長崎県の五島列島が出身地だそうです。五島と言えば、昨年「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」という名称で世界遺産に登録された地域の一つです。人々の信仰の拠り所として、灯籠にいる長身の人物を聖人に見立てた可能性は高いと考えられます。

そして二点目に、この灯籠が現在、カトリック校である和歌山信愛に設置されているという事実が、「キリシタン灯籠」と呼びたい理由です。この灯籠はこれから、信愛に関わる人の心を明るく照らす灯籠になることでしょう。

キリスト教が禁じられていた時代に信仰を守り続けた人々が住んでいた土地から、カトリック校である和歌山信愛に辿り着いたという織部灯籠。キリスト教との関連が深い、とても不思議な運命を辿っていると思いませんか。以上のことから、やはり僕は「キリシタン灯籠」と呼びたいです。

 

制作当時から、聖人を意図して彫られたかどうかは不明ですが、大切なことはこの灯籠を観て何を感じるかだと思います。長身の人物には、目も鼻も口もありません。所謂のっぺらぼうです。ですが、顔のパーツがないからこそ、誰にでもなり得る彫刻であると言えます。この人物は、キリスト教の信仰を守り続けていた「キリシタン」の人々を見守っていたはずです。これからは、信愛に関わる人を優しく見守ってくれることでしょう。

自転車置き場までの道のりに建つ謎の多い「キリシタン灯籠」。その下部に立つ表情のない人物に、優しいマリア様の御顔を重ねて、御祈りしてみてはいかがですか。